大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和33年(う)1431号 判決

被告人 戸田長生

〔抄 録〕

本件行為当時の新潟県道路交通取締規則(昭和三一年一月一日新潟県公安委員会規則―以下新潟県公安委員会規則を規則と略称する)第八条は「令第四十一条の規定により道路において原動機付自転車及び二輪の自転車に二人以上乗車してはならない。但し二輪の自転車に乗車席を設ける等安全な方法で幼児を乗車させる場合はこの限りでない」と規定し、原動機付自転車はその第一種たると第二種たるとを問わず(昭和二九年九月三〇日総理府令第七三号による道路交通取締法施行規則第一条参照)これに二人以上乗車することを禁止されていたのであるが、その後昭和三三年四月一五日規則第二号により右規定は改正され、規則第九条において「道路において第一種原動機付自転車又は一人乗り二輪自転車の運転手は他人を乗車させてはならない。但し一人乗り二輪自転車に乗車席を設け安全な方法で幼児を乗車させる場合はこの限りでない」と規定され、右規則は即日施行されたので、同日以後第二種原動機付自転車については他人を乗車させることは、取締の対象から除外されるに至つたものである。そこで本件のような右規則改正前の規則第八条違反の行為については、規則の改正により刑事訴訟法第三百三十七条第二号にいわゆる「刑の廃止」があつたものと解せられるかどうかを検討しなければならない。

検察官は右規則の規定は道路交通取締法施行令第四十一条に基き定められたものであり、右施行令第四十一条並びにその罰則規定たる同令第七十二条の規定は、本件行為当時より現在まで何ら改廃されていない。しかして、前記施行令第四十一条第七十二条の規定はいわゆる白地法規であると共に、一時的事情の消滅又は変更により廃止変更されることが予想されている内容を含む限時法的性格を有する法規と解すべきものであるから、本件において既に従前成立していた違反の罪に対する刑が廃止されたものと解すべきではなく、もし原判決のような解釈をとるとすれば裁判時の前後により同種同質の罪が或は有罪となり或は免訴されると云う不公平な結果が生ずるのみならず、道路における危険防止その他交通の安全を図ると云う前記施行令並びに道路交通取締法の目的は著しく阻害されることとなると主張する。

しかし当裁判所は本件公訴事実である旧規則第八条違反の行為(第二種原動機付自転車の二人乗りの行為)については右規則の改正により処罰の対象とされなくなつたのであるから、右行為の可罰性は失われたものと云うべく法文上従前の行為についてはなお従前の例により処罰する趣旨の認められない本件においては、刑事訴訟法第三百三十七条第二号にいう刑の廃止があつたものと解するのが正当であると信ずる。以下その理由を説示する。

思うに改正前の規則第八条並びに改正後の規則第九条はいずれも道路交通取締法施行令第四十一条の委任により新潟県公安委員会が定めたものであり、同法施行令第四十一条並びにその罰則規定たる同令第七十二条の規定は刑罰法規としてはいわゆる白地刑罰法規に属するものであつて、右刑罰法規は新潟県道路交通取締規則の規定をまつて初めて刑罰法規の内容を具備するものである。即ち前記新潟県公安委員会規則の規定は道路交通取締法施行令の刑罰規定の具体的内容をなすものであり、右刑罰規定の具体的構成要件を定めたものといわなければならない。そして刑法第六条は犯罪後の法律により刑の変更ありたるときはその軽きものを適用すと規定し、刑事訴訟法第三百三十七条第二号は犯罪後の法令により刑が廃止されたときは判決で免訴の言渡をしなければならない旨を定めているのであつて、右規定を併せ考えるときは、刑法第六条の規定は単に法律による刑の変更の場合のみに関するものでなく、犯罪後の法令により犯罪の構成要件並びに処罰が変更されたときは被告人に有利な規定による旨の原則を定めたものというべく従つて法令の改正により従前罪となるものとされていた行為が、処罰の対象より除外されたときは、当該行為については刑の廃止があつたものとして刑事訴訟法第三百三十七条第二号により免訴の言渡をすべき趣旨をも包含するものと解するのが相当である。而して刑法第八条によれば刑法総則の規定は他の法令において刑を定めた場合にも、その法令に特別の規定がある場合を除き適用されるのであつて、本件においては規則の改正規定その他道路交通取締法同法施行令の規定によるも法令の改正があつた後従前の違反行為について従前の罰則を適用する旨の規定は存しないから、右刑法の原則に従い、本件公訴事実については、規則の改正によつて刑の廃止があつたものとしなければならない。

尤も戦時中経済その他の統制が漸次強化され、各種の取締並びに処罰法令が急速に制定改廃される必要があつた時期において取締及び処罰の対象となる行為の具体的内容は挙げて勅令その他の命令並びに告示等に委任され、法律は単にその処罰の根拠及び限度の外廓を定めるに止まつていた時期があつたことは周知のとおりであつて、この時期においては刑罰法規は極端な白地法令と化し罪刑法定主義の原則はただその形骸を留めるに過ぎない状態であつた。一方当時において限時法の理論が広く行われ、元来一時的事情に応ずる目的で定められた刑罰法規はその改廃後においてもなお従前の罰則により処罰すべきものであり、このような法令についてはその性質上刑法第六条及び刑事訴訟法第三百三十七条第二号(旧刑事訴訟法第三百六十三条第二号)の適用は排除されるものと解されて来たのである。而して戦後においても最高裁判所の判例中には経済統制法令の改廃について、これと同一の見解によるものと認められるものがあることは検察官所論引用判例の示すとおりである。しかし限時法に関する明文を欠く現行刑法の下においては濫りに限時法の観念を拡張して他の行政的取締法規の改廃の場合に及ぼすことは罪刑法定主義並びに法的安全の見地より見て妥当とは考えられない。蓋し限時法について叙上のような見解をとるとしても、特定の刑罰法規を限時法的性格のものと認めるか否かの判断については各人の主観による多少の恣意的な要素が紛入するのを免れないのであつて、その結果として法の解釈の統一を害し法的安全を損う虞があるからである。もし行政的取締の必要から法令の改正前の行為について従前どおりの処罰を必要とする場合があるとすれば、その必要性を検討した上、法令の改廃の際にその趣旨の経過規定を設け、解釈上の疑義を生ぜしめないことが理論的にも正当であり、立法技術としても適切妥当であるといわなければならない。要するに我国において先に広く行われた限時法の理論は法文上明確な根拠を欠くのみならず、その適用に当つても疑義を免れないものであつて、これを拡張して解釈適用することは厳に慎まなければならない。叙上の理由により本件公訴事実として記載された行為については、その後の規則の改正によつて、刑の廃止があつたものとして刑事訴訟法第三百三十七条第二号により免訴の判決をするのが相当であり、これと同趣旨に出た原判決は所論のように法令の解釈適用を誤つた違法があるとはいえないから、検察官の論旨は理由がないものと云わねばならない。

(坂井 山本長 荒川)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!